整形外科でまず最初に学ぶのは外傷の治療だ。研修病院の院長は私に向かって「君は普通の外科医より4年も遅れているのだから、1年で通常の研修医の4倍の事を学んでください。この病院はとても手術が多いので、君には手術をすべて教えます。これを数学の問題に例えてみると、問題の答えを最初に全部教えることと同じです。答えを知って解き方を考えるほうが、時間を大幅に節約できるんだよ。つまり、手術から先にできるようになれば、君の努力次第で病気の診断も効率的にできるようになる、ということです」といった。それからというもの、1年間に300件以上の手術を、この院長と二人で次から次へとこなしていくことになった。「量」は「質」に転化するという。私は外科手術の勘を、ここで着実に身につけることになった。あるとき、30代前半の頑強な男が病院を訪ねてきた。頭は丸坊主、黒いサングラスにあごひげ、ジャージを着た彼は、明るさを装った軽い声で「先生、魚を切っているときに間違って、小指を切り落としてしまいました。切れた指の断端を縫い合わせてくれませんか?」という。その指を診察すると、小指が第一関節の下ですっぱりと切れている。私は、ずいぶんまた、見事に切れたものだなと内心あきれつつ。「切れたほうの指はどこですか?指があれば再接着できますが」すると、その男は「それが、見当たらないんですヨ。どこかへいってしまって」と言葉を濁らせる。どうもヘンな話である。そんな簡単に小指がなくなるわけはない。いぶかしい思いで「どうしたものか?」と学会出張中の院長に電話で相談すると、「患者さんの言う通り、断端を縫合してあげなさい」。「指を探して再接着しなくてもよいですか?」と聞き返すと。「その患者はヤクザの世界から足を洗うために。おとしまえをつけたんだ。指を見つけて再接着したら、彼はヤクザから足を洗えないんだよ」と院長は、忙しそうに電話を切った。私は「なるほど。そういえば、あの風態は……」と遅まきながら状況を理解した。当時の北海道の港町には、そんな話がまだあったのである。臨床医は技術だけでなく、患者さんの状況を把握した治療をすることも大切で、〈ヤクザ屋さんのための治療〉も身につけておく必要があるということまで学んだわけだった。……そんな昔話のあれこれを懐かしく思い出しながら、我が「戦友」の看護師さんたちとの食事会も、そろそろ終わりに近づいた。手術を受けた左足は、数時間も座っているとまたむくみ出す。私が足を気にしていると、ほろ酔い加減の看護師さんの一人が「それにしても、毎日、あきるほど治療していた先生がアキレス腱を切るとは。もうトシなんだから、ムリはしないほうがいいですよ!」。変わってないと思うのは自分だけ。そうか。トシもあるよな。自分の専門とする「アンチェイジングーメディカル」になぜかかわっているのか、思いを至さざるをえなかった。