ウェルスバッハは高融点金属フィラメント材料としてオスミウムを選択したが、ほかの発明家たちは、オスミウムよりも融点の高い金属、タンタル(融点2996℃)やタングステン(融点3387℃)を選択した。彼らはこれらの高融点金属に対して、ウェルスバッハの発明になる粉末冶金法を応用する。ドイツのジーメンス社は1903年に「タンタルフィラメント電球」を実用化した。電球の寿命は炭素フィラメントよりも延びたものの、しかし高融点金属フィラメントの脆さの問題は解決されないままになっていた。フィラメント材料としてはしだいにもっとも融点の高いタングステンに絞られていく。当時、GE社はエジソンの発明による電球事業でおおいに発展したが、そのエジソンの肝心な基本特許が切れようとしていた。エジソン特許は1880年1月27日に成立している。特許の有効期間は17年間であるから、1897年まで有効なはずだが、もしも同じ内容の外国の特許があった場合、その特許の有効期限まで、というルールが存在していた。この場合「同じ内容の外国の特許」とは、1879年11月19日に成立したカナダ特許であった。エジソン特許もカナダ特許の有効期問にしたがって1894年1月19日に失効することになっていた。つまり、予定より3年ほど早く切れてしまうことになる。旨みのある電球事業に参入しようとしていた企業は数多くあり、競争は激化することは必至であった。